DORAEMONS

第一話 使徒、襲来

A−part

<1>


 日本が常夏の島になってから何年経つのだろう。生まれたときからそうであった碇シンジにとって、全く想像したことも無い疑問であった。
 無人の駅舎。非常事態宣言が発令、と書いてある電光掲示板の他にどこも電気は通っていないようだった。周囲に人はいない。駅員さえも見当たらず、シンジ は戸惑っていた。
 当面、困ることといえばまず空調の効かない――というか野外でいつまで待っていればいいのかということである。彼の待ち人は、待ち合わせ時刻を大幅に遅 れていた。シンジは苛々した様子で時計を確認する。
(もう30分以上遅れている)
 彼は、今日から父の元に身を寄せることになった。
 幼き日に、父の都合により親戚の下で暮らしていた彼であるが、何故か突然、父が彼を引き取ると言ったのだ。
 親戚はそれを喜び半分、悲しみ半分で見送った。喜びとは、厄介者が消える事実に対して、悲しみとは彼の養育費の名目で支払われていた決して少なくない額 の金がなくなることに対してである。
 当の碇シンジは、その親戚の様子を冷めた目で見ていた。
 どうせ彼には決定権など無い。一種の諦めを持って、親戚の下を去った。
 尤も、彼自身、親戚のことは好きでなかったため、別れはスムーズに済んだ。むしろ、今から会う父親を思うと憂鬱だった。
 それがこの暑さも相まって、彼の精神をささくれ立たせていた。
「……戦闘機?」
 非常事態宣言、である。何かあったのには違いないのだろう。
 本来なら待ち合わせの約束など放っておいてどこかに避難するべきである。しかし、彼はそれをしなかった。
 まあいいや、と呟き、駅前に出た。

<2>

 『彼』は、どんな戦場においても最強を誇っていた。
 鋼を超える肉体、どんなコンピュータでも敵わない頭脳、そして――

<3>

 爆音が響く。
 シンジは小さく悲鳴を上げ、立ち上がった。
 まるで煙幕のように、濃い煙があたりに立ち込めている。その煙の中に人影。
 人影? それは人と呼ぶにはあまりにも巨大すぎた。シルエットこそ人のそれに近いが、それは、紛れもない『怪物』だった。
 『怪物』は、シンジのいる駅に向かっている。シンジはそれをぼうっと見ていた。
 見惚れていた、というほうが正しいかもしれない。地鳴りのような足音を聞きながら、彼は『怪物』の接近をただ眺めていた。
「シンジ君!」
 そんな中、煙の中から一台の車が走ってくる。
 運転手は彼の名前を呼び、運転席のドアを開けた。
「乗るんだ、速く!」
 シンジは促されるままに車に乗りこんだ。
 運転手は『怪物』から逃げるため、強くアクセルを踏み込んだ。

「……あなたが迎えの人ですか?」
 シンジは、運転手を怪訝な目で見つめた。
 無理も無い――その、運転手は、二頭身に丸い手足(どうやってハンドルを握っている?)、そして腹に大きなポケットを付けた、そう、ロボットだったの だ。
「ぼくドラえもんです」
 ドラえもんと名乗ったロボットは、流暢な日本語でそう告げた。
 彼は完全にシンジの理解を超えていた。
 そう、街で暴れている『怪物』を、完全に忘れる程度には。

 ドラえもんとシンジを乗せた車は、地下へのエレベーターを通り、地下の施設に出た。
「ジオフロント……」
 ドラえもんは、シンジの横顔を見ながらそう言った。
「君のお父さんが働いているところさ」
「どんなところなんですか?」
「すごいところさ、行ってみればわかるよ」
 妙な宗教の勧誘じみたドラえもんの台詞に、シンジは不穏なものを感じた。
 が、しかし、ドラえもんの存在に比べればカルト宗教がどうしたというのだ。
 見えてきたピラミッド型の建物など、となりの運転手に比べれば微々たる物である。
 シンジは一種の開き直りもあって、もう何も言わなかった。

<4>

「ここは?」
 真っ暗な部屋だった。
 見えないが、空気の流れから、天井がとても高いのが分かる。そしてわずかな水音だけが響く。
「……出撃」
 電気が点く。
「司令? 何を……」
 慌てて口を挟むタヌキ。思わず、彼は、この巨大な部屋の主――紫色の甲冑を着込んだモノを見つめた。
「シンジ、よく聞け。現在、街で暴れている怪物を、お前が倒すのだ」
 一言一句、噛み締めるようにゲンドウは宣言した。
 ――そう、それは、宣言だった。もしくは、通達と言ってもいい。そこに碇シンジの自由意志は介在していなかった。
「わかったよ」
 だからシンジは、何も考えずに同意した。――どうせ自分に選択権などないのだ。
「で、どうすりゃいいのさ。まさか殴り合えってわけでもないでしょ」
(ああ、死ぬかもな)
 シンジには、『死ぬ』という言葉がある意味魅力的に感じた。
 やっと、終わってくれる。今までいいことなんて何もなかったのだ。少なくとも彼はそう思っている。心残りなど、ない。
 いや、それは、間違いかもしれない。
 シンジの隣でうろたえている青いタヌキ――彼が何なのかは、とても気がかりだった。
(だから、死んでも死に切れない?)
 口元に薄い笑みを浮かべた。
 まあ、なんとかなるだろう。シンジは軽い決意を持って、決戦に臨んだ。


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